夢とうつつのあわい― 脳波と施術の時間に起きていること
施術がおわった時、よくこんな声を聞きます。
「時間の流れがいつもと違う、時間が消える」
「寝ているような起きているようなところを、ずっとゆらゆらしていた」
「夢を見ていたような、でも意識もあったような不思議な感じ」
それは、夢と現実のあわい(あいだ)。
からだと意識のあいだで起きている、やさしい変化の場所です。
今日は、その「あわい」について、脳のはたらきを少し手がかりにお話ししたいと思います。
施術の時間に起きていることがとても自然に理解できます。
脳波から見る「意識の深さ」
私たちの意識は一定ではなく、ゆるやかに変化しています。
その変化は「脳波」というリズムとしてあらわれます〈*1〉。
- ベータ波(約13〜30Hz)
思考しているとき、緊張しているとき - アルファ波(約8〜13Hz)
リラックスしているとき、静かな集中状態 - シータ波(約4〜8Hz)
まどろみ、浅い眠り、あるいは深い瞑想やトランスのように、意識が保たれたまま内面が静まる状態〈*2〉
施術中に起きる「うとうと」「時間が消える」といった体験は、このシータ波の領域に近づいているサインと考えられます〈*3〉。
なぜ施術で「あわい」に入るのか
「あわい」とは、夢と現実のあいだの、はっきりしない境い目のようなところ。
施術の時間には、日常とは異なる条件が自然に整います。
- 安心して身を委ねられること
触れられるぬくもりや静かな空間によって、身体は「もう警戒しなくていい」と感じます。これにより副交感神経が優位となり、呼吸が深くなっていきます。 - 何も“しなくていい”時間であること
頑張る必要も、考える必要もなく、ただ受け取るだけの時間。この「何もしなさ」が、意識のコントロールをほどいていきます。 - 施術者の静けさ
人は無意識のうちに、相手の状態に影響を受けます。これは心理学でいう「情動伝染」や「ミラーニューロン仮説」にも通じる現象です〈*4〉。施術者が静かで安定していると、そのリズムに自然と同調していきます。
こうして
思考(ベータ) → くつろぎ(アルファ) → あわい(シータ)
という流れが、無理なく起きていきます。
「時間がなくなる」理由
シータ波の状態では、
- 自分を保つ感覚
- 時間を測る感覚
といった働きがゆるみます〈*5〉。
そのため、
「さっきまで起きていたのに、気づいたら終わっていた」
という体験が生まれます。
それは眠ってしまったというよりも、意識のかたちが変化したといった方が近いかもしれません。
施術者の意識のあり方
興味深いのは、施術者自身の状態もまた、この「あわい」に影響することです。
意識を落としすぎると相手を感じ取れなくなり、逆に考えすぎると相手は安心して手放せません。
大切なのは、静かに目覚めていながら、どこかゆるんでいる状態。
言い換えれば、うつつにいながら、あわいに触れている状態です。
このとき、施術は何かをするものから、自然に起きていくものへと変わっていきます。
「落ちる瞬間」はどう訪れるか
ときに、なかなか深く入らない方もいます。
それでも、ある瞬間にふっと意識がほどけることがあります。
それは多くの場合、
- 「もういいか」と力が抜けたとき
- 身体が先に安心しきったとき
- 触れられている感覚がやわらいだとき
つまり、自分で「入ろう」と頑張るのではなく、自然にほどけた時に訪れます。
あわいにいるということ
「夢とうつつのあわい」は、特別な場所ではありません。
私たちは日々、眠りに入る前や、ふと気を抜いたときに、その縁に触れています。
ただ施術の時間は、その状態にとどまることができる時間です。
そこでは、
心や身体が深くゆるみ、
内側の整理が静かに進んでいくように感じられ、
ことばにならない感覚が立ちあがります。
そんなことが、ごく自然に起きていくのです。
おわりに
施術とは、何かを変える行為というよりも、
本来のリズムに戻っていく時間なのかもしれませんね。
夢でもなく、現実でもない、
そのあわいにふれるとき、
人はほんの少し、自分という輪郭をやわらかくほどいているのだと思います。
脚注
- 〈*1〉 脳波(Electroencephalograph)は、脳内の神経活動による微弱な電気信号を記録したもの。脳の全体的な活動状態を示す指標として広く使われる。
- 〈*2〉 シータ波は睡眠初期だけでなく、瞑想・トランス、クリエイティブな没頭時にも観察される。意識があるまどろみ状態を含む。
- 〈*3〉 施術によるシータ波様の状態は、リラックス時に自然に起こるもので、必ずしも「施術特有」とは限らないが、リラックス誘導の一因と考えられる。
- 〈*4〉 「情動伝染(emotional contagion)」とは、相手の表情や非言語的サインを無意識に模倣し、感情状態が伝わる現象。ミラーニューロンはその神経的基盤とされる仮説。
- 〈*5〉 シータ波優位のとき、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)活動が強まり、時間感覚・自己境界の曖昧化が報告される。

